【石川金沢港最大手水産卸社長より】

◆被災後直ぐ

「金沢では食器棚が倒れお皿が散乱した位の被害で済みましたが、輪島,珠洲は周りの建物が地震と火災で皆無くなっている様な状況です。」

◆1ヶ月後

「能登半島の真ん中から先のエリアは港も道路もぐちゃぐちゃで直すのにはかなりの時間がかかります。元々年寄りが多い地域で、人が戻るか街が復興できるか気掛かりです。

地震に耐えられる耐震の水道配管を新設していたのですが、それが壊れてしまい能登半島中部の基幹の富来漁港では魚がやっと水揚げできても水が無くて氷も作れず水を金沢港迄毎日取りに来ているような状況です。

ノド黒 メバル 甘鯛と言ったような磯魚は元々輪島や珠洲辺りが主産地でしたから暫くは入荷が大幅に減る予想です。
石川県内の旅館も閉まっていて人がいないし魚も県内では売れない状況です。」

◆最近

「国の旅行支援が始まり有り難いのですが、水揚げが少ない中で魚が取り合いになり地元では少ない魚はかつてないくらい高値になっています。

秋を過ぎれは段々色々なものが整って来ると思います。石川には美味しい食材や様々な観光名所がありますから落ち着いた頃に是非いらしてください♪」

【富来漁港 漁協職員】

◆最近

「震源地に近く ものすごく揺れました。自宅は岩盤の上の高台にあった為有り難いことに個人的には被害は少なくて済みました。輪島や珠洲は揺れは震度6でしたが被害が大きいです。
富来はおかげ様で大分戻って来ていて、昨日も甘エビは3000箱程出荷しました。
昨日も三重から10トン車で生活水を届けて頂き助かっております。」

【能登牛最大手生産者兼畜産卸 社長】

◆最近

「震源地に近い為震度7で大変に揺れました。昨年、事業再構築補助金で新設した加工場は無事でした。
直営レストランは傷んで未だ再開できていません。
自宅は半壊の認定を受けました。
牛は元気です。
ただ奥能登では廃業された生産者もおります。40~50日続いた断水は厳しかったですが、今は復旧して大分落ちつきました。1番の得意先の県内の旅館が大ダメージで、ほとんど商売にならない状況で加工場は今も半日稼働で助成金を頂いてしのいでいます。
色々なものが落ち着き生産体制も整いましたら、是非能登牛もご支援を宜しくお願いします。」

【志賀町 あんぽ柿生産農家】

◆被災後直ぐ

「生きています 
今何とか避難所で生活しています 
希望を捨てずに頑張ります」

◆最近

「避難所を出て、手足が動かないから病院におりましたが今は自宅に戻っています。
元気なお声を聴いて元気になれました。

今でも余震が続き今でも揺れています。
こちらもそうですが日本も世界も不安定で違う意味で揺れていて落ち着かない感じですね。

温暖化で夏の気温が高く収量は大きく減りましたが、11月10日から20日からは干柿を吊るして12月には ひんやりころ柿を生産します。頑張ります
必ず復活しますから応援してください♪」

【富山滑川 ホタルイカ最大手加工会社 社長】

富山は大変揺れましたし津波も少し来ました
会社や自宅の中がぐちゃぐちゃになりました
がお陰様で能登ような被害はなく、今は富山湾内ホタルイカの水揚げも順調で日常を取り戻し、新物のホタルイカ浜茹で加工に毎日追われています
津波が来るから避難するようにと市から警報が鳴った時、私や妻から逃げてといっても、70才を越える創業者の父は、「私は、会社に最後まで残る」と言って皆が高台に逃げても1人滑川港の目の前にある会社に残っていたのです

石川、富山でこの度の地震で被災されたご縁の長く深い産地パートナーから聞き取って私の言葉でまとめてみました 

皆様からのお話にあるように、今北陸は被害の比較的軽かった地域から徐々に確実に復興が始まっています

奥能登は、元々高齢化が進み若者が少ない地域になっていました 輪島では特産の輪島塗や50隻を超える小さな漁船で、石川名産のノド黒、メバル、甘鯛と言った地魚を毎日沢山獲って出荷していました

政府の旅行支援は、大々的に3月から始まっています。被害が比較的少ない地域は少しずつ賑わいを取り戻しつつあります

しかしながら、この地震で最も被害を受けた奥能登は街が壊滅し、人も出て行ってしまって、素晴らしい文化や食財の街の火が消えかけてしまうような危機にあります
奥能登の日本有数の旅館は、被害が酷く、今現在復興の目処は立っておらず、全て閉館しています
今まだ産地にできることは、限られています
今ご支援頂けることは大変有り難いですし、
更に半年後、一年、二年、三年後其々のステージで興こる『復活』に是非心からのご支援を末永くお待ちしております。

(株)グローバルフィッシュ
代表取締役 柿澤克樹